あなたは普段どんな睡眠をとっていますか?
朝起きて、きちんと夜眠れていますか?
実は、睡眠はただ取ればよいわけではありません。「いつ寝るか」も非常に大切です。
夜きちんと寝ていないと特に「概日リズム」(サーカディアンリズム)に関わる様々な遺伝子に大きな影響を及ぼすことが、最近の研究でわかりました。
しかも、概日リズムに関わる遺伝子異常は、非常に難渋する「ある疾患」にもつながっていることもわかってきたのです。
今回は、睡眠不足と遺伝子への影響について、一緒に見ていきましょう。
夜の睡眠に大きく影響する「概日リズム」とは?
みなさんは、「概日リズム」という単語を知っていますか?
概日リズム(サーカディアンリズム)とは、生物の体内時計のこと。この体内時計は、私たちの体が1日(つまり約24時間)のリズムで機能するように調節しています。このリズムは、睡眠と覚醒、食事のタイミング、体温の変化など、私たちの日常生活の多くの側面に影響を及ぼします。
例えば、夜になると体内時計が「寝る時間だよ」と私たちに伝え、朝になると「起きる時間だよ」と伝えます。これが、夜に眠くなり、朝に目が覚める理由です。
この体内時計は、外部の光(特に太陽光)によってリセットされます。朝の明るい光を浴びると、体内時計は「新しい一日が始まったんだ」と認識し、私たちを覚醒させ、活動的にします。逆に、暗くなると、「もう寝る時間だよ」と体に伝え、睡眠を促します。
しかし、この体内時計は完全に正確ではありません。だからこそ、時差ぼけや、夜勤などの不規則な生活習慣が体調を崩すことがあるのです。体内時計が混乱すると、睡眠パターンや食事タイミング、気分などに影響を及ぼし、体調を悪くすることがあります。
この「概日リズム」に関わる遺伝子は実は「エピゲノム」と呼ばれる経路によって、生まれた後も調節されています。そして最近の研究により「睡眠不足」がこの概日リズムに関わる遺伝子の調節に大きく影響を及ぼすことがわかりました。
夜の睡眠がもたらす、概日リズムへの遺伝子異常とは?
古来原始人のころから、最適な狩猟を行うために「朝日が出るとともに目覚めて、日が落ちると同時に寝る」といった生活を繰り返していました。
そのため、昼に最大限のパフォーマンスが得られるように概日リズムに関わる遺伝子も「デフォルト」で調節されています。
しかし、近年電気の発達により夜でも日中のように活動しようと思えばできる環境が整ってしまいました。
そのため、ついつい夜更かししたり、昼夜逆転のライフスタイルを送ってしまいがちです。
こうした「昼と夜の区別をつけない生活」は概日リズムの遺伝子に影響を与えます。
では、どのようにしてあとから遺伝子に影響を与えるのか。それが「エピゲノム」というシステムによるもの。
エピ(EPI)とは「後から・付加された」という意味。つまりエピゲノムとは「ゲノムに加わる情報」のこと。実は、遺伝子は「どの細胞がどの遺伝子を使わないか」、つまり遺伝子の「オン」と「オフ」を後から決めることができます。
例えば、エピゲノムのうち「メチル化」という手法を使うことで、遺伝子の働きを抑制することができますし、「アセチル化」を通して、逆に遺伝子の発現を促進することもできます。
このようにエピゲノムを通して、普段の生活から「どの遺伝子を発現したら今のライフスタイルにあっているか」が遺伝子レベルで調節されているのです。
話を元に戻しましょう。昼夜逆転するような生活を行った場合、本来の「概日リズム」にあった遺伝子の発現とは大きく異なった生活を行っているといえますね。
そのような生活を続けるとどうなるか。逆に概日リズムに関わる遺伝子の方がエピゲノムにより調節されてしまうのです。
つまり「朝起きて、夜寝る」という遺伝子がきちんと発現できなくなってしまいます。
実際、ある研究によると「毎晩6時間以下の睡眠で1週間を過ごした場合、炎症や免疫系、ストレス反応に関連する711の遺伝子の発現に影響が出た」とされています。
これも概日リズムに関わる遺伝子の発現がエピゲノムによって「調節された」結果。
実際、1晩に10時間までの睡眠が認められた調査対象者と比較すると、睡眠が不足していた人たちは概日リズムの遺伝子の発現が大きく変化し、約24時間周期の体内時計がきちんと働かなくなることがわかっています。
(参照:東京工業大学「受精卵から体の様々な細胞や組織に分化する仕組みの解明~エピゲノムの研究~ — 木村宏」)(参照:睡眠不足で遺伝子発現に悪影響、研究結果)
概日リズムの乱れはさまざまな病気にもつながる
そして、概日リズム(体内時計)の乱れは、さまざまな健康問題や病気につながることがわかっています。
体内時計が乱れると、睡眠の質が大きく低下するのはもちろん、精神的な病気が概日リズムの遺伝子発現に大きな変化を与えることがわかっています。
例えば、概日リズムと精神疾患をまとめた論文によると、概日リズムの遺伝子変化と密接に関わる疾患は次の通りです。
- 双極性障害
- 不安症
- うつ病関連疾患
- 家族性睡眠相進行症候群 (FASPS)
- 季節性感情障害 (SAD)
- 注意欠陥多動性障害(ADHD)
- 統合失調症
- 自閉症スペクトラム障害 (ASD)
一見、「ADHDや自閉症と睡眠不足は関係ない」と思いがちですが、体内時計の乱れを通じて大きく関わっていたのですね。
さらに、体内時計の乱れは、食事のタイミングや消化機能にも影響を及ぼす可能性があります。そして、食欲の異常や消化不良、体重増加や肥満へとつながる可能性もありますよね。
実際、体内時計が乱れると、心臓病や糖尿病、肥満などの慢性病のリスクも増加することが研究で示されています。体内時計は、免疫システムやホルモンの分泌、体温調節など、私たちの体の多くの重要な機能を調節しているため、これらの機能が乱れると、さまざまな健康問題が生じてくるのです。
(参照:Clock Genes and Altered Sleep–Wake Rhythms: Their Role in the Development of Psychiatric Disorders. Int J Mol Sci. 2017 May; 18(5): 938. )
(参照:eヘルスネット「睡眠不足や睡眠障害、子どもへの大きな影響」)
まとめ ~規則正しい睡眠で遺伝子から健康に~
今回は、睡眠不足と概日リズムに関わる遺伝子との関係性についてお話してきました。まとめると
- 睡眠と概日リズム(サーカディアンリズム)は密接に関連しており、特に「いつ寝るか」は重要
- 不規則な生活や夜型の生活は、概日リズムに関わる遺伝子を通じて体内時計を乱すことがあり、これは「エピゲノム」という遺伝子の調節経路を通じて行われる
- エピゲノムは、遺伝子の発現を「後から」調節することで体の様々な生理機能に影響を及ぼす。
- 研究によれば、睡眠不足は概日リズムに関わる遺伝子の発現に大きく影響し、それがさまざまな健康問題や病気、例えば心臓病、糖尿病、肥満、精神的な病気などにつながる可能性がある。
- したがって、適切な睡眠パターンと生活リズムを維持することは、遺伝子レベルでの健康維持に重要。
となります。
「ただ寝ればよい」と考えずに、質の高い規則正しい睡眠を守って遺伝子から健康になっていきましょう。